体に優しいお肉の選び方

わたしたちの毎日の食卓に並ぶお肉。

実はそのひとつひとつに、動物たちの暮らしや体質、環境への適応の知恵が詰まっていることをご存じですか?

ここでは、「動物の体温」と「脂肪の融点」という視点から、お肉の消化のしやすさや、わたしたちのからだへの影響を見つめてみます。薬膳や東洋医学の考え方も交えながら、体質や季節に合った“やさしいお肉との付き合い方”をご紹介します。

目次

体温が高い順に見てみよう 〜動物と脂肪の融点の一覧〜

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動物体温(℃)脂肪の融点(℃)特徴
41.0〜42.0約30〜35低融点の軽い脂肪、消化に良い。脂肪の質がやわらかく、体にスムーズになじむ。
41.0〜42.0約35〜38鶏より脂が多くコクあり、だが融点は低めで比較的消化しやすい。温補効果もある。
うさぎ38.5〜40.5約30〜38低脂肪・高たんぱくで、脂肪は非常に軽い。不飽和脂肪酸が多く消化が良い。
山羊約39.0〜40.5約44〜50脂肪量は少なめだが、融点はやや高め。全体的にはあっさりしているが温補効果もある。
ラム約39.5約40〜50子羊肉であり、脂はやや高融点。比較的軽く、初心者にも食べやすい。温補に適する。
マトン約39.5約44〜55成羊肉で、脂肪の融点が高く冷えると固まる。体を温める力が強いが、胃に負担をかけやすい。
鹿(夏)約39.0約30〜40夏は脂肪が少なく、融点も低め。不飽和脂肪酸が多く、あっさりとした味わい。
鹿(冬)約39.0約45〜55冬に備えた脂肪を蓄えるため融点が高くなる。温補力があり、体を芯から温める。
約38.5〜39.5約40〜45潤いを補う脂を含む。やや重たいが、消化力があれば問題なし。痰湿体質には注意。
約38.5約50〜60高融点の脂で冷えると固まる。重厚な肉質で、胃に負担がかかりやすい。温補効果は強め。

(熱帯性)
約15〜25
(環境依存)
約10〜30暖かい海に住む魚で、飽和脂肪酸も含む。脂の融点はやや高めでしっかりとした身質。

(冷水性)
約0〜10
(環境依存)
-30〜-5寒冷地の魚で、極端に低融点の脂肪を持つ。非常に吸収がよく、EPAやDHAが豊富。

どうしてこんなに差があるの? 〜自然と暮らしの知恵〜

1. 生息環境の違い

動物の脂肪は、住む環境によって構造が大きく異なります。冷たい海に住む魚は、脂が凍ってしまうと動けなくなるため、体温よりはるかに低い融点の脂肪をもっています。一方、牛やマトンのような陸上の恒温動物では、脂が冷えても凍らないため、高融点の脂肪を持つことで、保温やエネルギー蓄積に役立てています。

2. 消化吸収の仕組み

反芻動物(牛・羊・山羊など)は、草を発酵させてエネルギーを得る過程で、飽和脂肪酸を体内で合成しやすく、結果的に高融点の脂を持ちやすいです。逆に、鶏やうさぎは消化器官が単純で、比較的低融点の脂を持つ傾向があり、これが消化のしやすさにもつながります。

3. 活動量と代謝の違い

活動的な動物(鶏・鴨・鹿など)は、筋肉質で脂肪が少なく、その脂肪も柔らかく体温で溶けやすいものが多いです。特に野生の鹿は、夏と冬で脂肪の質自体が変化し、環境に合わせて適応しているのが特徴です。

お肉ごとの特徴

鶏 ― すっとなじむ、あたたかな軽やかさ

鶏は、わたしたちの食卓でもっとも身近なお肉のひとつ。
東洋医学で言えば、「気」を補い、「脾」を整える力があるとされ、消化の負担が少なく、からだにやさしく寄り添う存在です。

鶏の体温は、動物の中でもとくに高く、およそ41〜42℃。
それに対して、脂肪の融点(脂が溶けはじめる温度)は30〜35℃ほど。
これは、人間の体温(約36.5℃)でも自然にとろけるほどの軽やかな脂なのです。

だからこそ、鶏肉は、

  • 冷えても脂が白く固まりにくく、
  • 消化もしやすく、
  • 脂が残る感じが少ない。

それはまるで、「受け取ったものを、すっと手放せるような軽やかさ」をもった肉質。
疲れているとき、胃腸が弱っているとき、やさしくからだを支えてくれるような食材です。

薬膳的にも、気虚・脾虚・虚弱体質の方にぴったり。
あたたかなスープにして、香り野菜や生姜と合わせると、よりからだに染み渡ります。

鴨 ― じんわり温まる、芯からの巡り

鴨は、同じ鳥類でも鶏とはまた違う個性をもっています。
体温は鶏と同じく41〜42℃と高めですが、脂の融点は少し高く、約35〜38℃前後
脂肪の量も鶏より多めで、口あたりにコクと深みがあるのが特徴です。

この鴨の脂、実はとても優秀。
人の体温でも十分溶けやすく、それでいてしっかりとした温め力があるのです。
冬の冷えた日には、鴨鍋や鴨南蛮のように「巡りを助ける温性食材」として重宝されてきました。

薬膳の観点では、鴨は「補腎陰・養胃陰」とされ、
潤いを補いつつ温めるという貴重なバランスを持ったお肉。
とくに、冷えによる血行不良や、虚弱体質で陰陽のバランスを崩しやすい方におすすめです。

「冷えの奥にある疲れ」をじんわりとゆるめ、巡らせてくれる。
そんな、芯から包み込むようなやさしいエネルギーを持ったお肉です。

うさぎ ― 軽やかな滋養、陰を補う透明さ

うさぎのお肉は、日本ではまだ馴染みが薄いかもしれませんが、
薬膳の世界では古くから「虚弱体質の回復」「皮膚や粘膜の潤い補い」として用いられてきました。

うさぎの体温は、鶏や鴨よりやや低めで約38.5〜40.5℃
それに対して脂肪の融点は30〜38℃ほどと、とてもやわらかく溶けやすい性質を持っています。

しかも、うさぎは脂肪の量自体が少なく、お肉の95%以上が赤身の高たんぱく質
脂の質も不飽和脂肪酸が中心で、からだにすっとなじみやすく、“食べたあとの軽さ”が特徴です。

薬膳では、うさぎ肉は「補中益気・補腎養陰」とされ、
疲れたとき・潤いが不足しているとき・風邪のあとなどの回復期にとても良いとされています。

「元気にしたいけど、重たくしたくない」
そんな想いにぴったり寄り添ってくれる、軽やかで静かな滋養をもったお肉です。

山羊 ― 静かに燃える芯の火

山羊は、牛や羊と同じく「反芻動物(胃が4つある)」の仲間。
体温は39.0〜40.5℃と高めで、脂肪の融点は約44〜50℃とやや高く、
体温ではすぐには溶けきらない、しっかりとした脂質をもっています。

この融点の高さは、体の深部を温める「陽」の力を象徴しています。
だからこそ、山羊のお肉は、芯から温める力がとても強いのです。

薬膳では、山羊は「温中補陽・散寒通絡」とされ、
陽虚体質・慢性的な冷え・虚弱からくる痛み(腰・関節など)に用いられます。

ただし、脂肪がやや重たく感じられることもあるため、
にんにく・生姜・シナモン・クミンなどの「温性の香り食材」と一緒に調理するのがベスト。

体の奥にある「陽気の火」を、静かに、でも確実に灯してくれるような存在。
そんなイメージを持って、寒い季節や疲労の深いときに取り入れてみてください。

ラム ― やわらかに芯を温める、やさしい温補肉

ラムは生後12ヶ月未満の子羊のお肉で、マトンに比べて脂がやわらかく、香りも控えめ。
体温は約39.5℃、脂肪の融点は約40〜50℃で、やや高めですが、マトンよりは溶けやすい性質を持っています。

薬膳では、ラムは「温補腎陽・温中散寒」に分類され、冷えからくる不調や、体の芯の冷えをやわらかく温めるのに適しています。
特に、女性の冷え症や慢性的なだるさ、寒がりタイプの疲労感におすすめです。

クミンや陳皮、シナモンなどと一緒に調理することで、消化の負担を軽くしながら巡りもサポートできます。
「温めたいけど重すぎたくない」…そんな方にぴったりの一品です。

マトン ― しっかりとした力強さ、深部からの温め

マトンは成羊の肉で、脂肪の融点は約44〜55℃と非常に高く、冷えると白く固まるほどの重厚な脂質を持ちます。
体温はラムと同じく約39.5℃ですが、より引き締まり、食べ応えも抜群。

薬膳では「温腎壮陽」の代表格で、体力の消耗が激しい人や、極度の冷え、腰や膝が重だるいような症状に最適とされます。
ただし、消化には負担がかかりやすいため、しっかりと火を通し、生姜や山椒などの発散性スパイスと組み合わせるのが理想です。

「温める力」は肉の中でも随一。必要なときに、しっかりと頼れる肉です。

鹿(夏) ― 軽やかな野生の力、巡りと回復に

夏の鹿肉は、脂肪が少なく、融点も30〜40℃ほどと比較的低め。不飽和脂肪酸が多く、食後の重さが残りにくいのが特長です。
活動量が多く、野山を駆けるような野生動物らしい、筋肉質で引き締まった赤身肉です。

薬膳では「補腎益精・補血活血」とされ、疲労回復や巡りの改善、貧血気味の方のサポートに向いています。
熱をこもらせにくく、夏場でも取り入れやすい優秀な赤身肉です。

鹿(冬) ― しっかり蓄えた脂のぬくもり

冬の鹿肉は、寒さに備えて脂肪を蓄え、その脂は約45〜55℃と融点が高くなります。
野生の動物が冬を越えるためのエネルギー源とも言える、濃厚で保温力のある脂です。

薬膳的にも「温腎補陽・強筋健骨」とされ、冷えやすい冬、腰や膝の不調、体力の消耗におすすめ。
野生の鹿の持つ生命力を、からだの芯に取り込むような感覚でいただくとよいでしょう。

豚 ― 潤いを届けるやさしさ、ほどよい重さ

豚は体温が約38.5〜39.5℃で、脂肪の融点は約40〜45℃。脂がやや重たく感じられることもありますが、潤いを補う作用があるのが大きな魅力です。

薬膳では「補陰潤燥・滋養強壮」とされ、喉の渇き・乾燥・便秘・皮膚のかさつきといった“潤い不足”の症状に良いとされています。
ただし、痰湿体質(むくみ・だるさ・脂っこいものが苦手な人)は取りすぎに注意が必要です。

蒸し料理やスープにすることで、脂の重さをやわらげ、より穏やかに吸収されます。

牛 ― 力強さと重たさ、温補の王様

牛の体温は約38.5℃、脂肪の融点は50〜60℃とかなり高く、冷えると白く固まり、消化に時間がかかる脂です。
これは反芻動物特有の代謝の特徴ともいえます。

薬膳では「補気養血・健脾補中」とされ、虚弱・体力低下・冷え・血虚など、根本的なエネルギー不足の補いに向いています。

体力があるときや、寒さに負けそうな時期には、頼もしい味方となりますが、
胃腸が弱っているときや、湿がこもりやすいタイプの方は少量から様子を見るとよいでしょう。

東洋医学・薬膳の視点で考える“お肉の選び方”

消化のしやすさと脂の融点の関係

脂肪の融点が人の体温(約36.5℃)に近い、あるいはそれ以下であれば、体内でスムーズに溶け、消化・吸収も良くなります。高融点の脂(牛・マトン・冬鹿など)は冷えると固まりやすく、胃腸が弱い人には負担になります。

体質別に向いているお肉

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体質おすすめの肉理由
気虚・脾虚鶏・うさぎ・鴨消化しやすく、気を補う作用がある
陽虚(冷え)羊・マトン・鹿(冬)温補作用があり、芯から体を温める
湿熱魚(冷水性)・うさぎ脂が軽く、余分な熱や湿をこもらせない
痰湿鶏・白身魚消化にやさしく、湿を助長しない

季節による選び方

  • 冬は、温め力の強い「羊・鹿・鴨・牛」など高融点脂肪の肉が◎
  • 夏は、軽やかで消化しやすい「鶏・うさぎ・魚」など低融点脂肪の肉が◎

融点と体温から見える「肉の知恵」

現代では「カロリー」や「タンパク質量」に注目しがちですが、薬膳の視点では「食べ物がどう巡るか・どう消化されるか」が何より重要とされます。

脂肪の融点はまさにその“消化のしやすさ”や“体質との相性”を見極める重要な指標です。高融点の脂を摂るときは、香辛料(クミン・生姜・陳皮など)や温性食材と組み合わせて、消化のサポートを行いましょう。

まとめ

  • 同じ肉でも、動物によって脂の性質が違う
  • 高融点の脂は、温め力はあるが消化には工夫が必要
  • 体質や季節に応じて、最適な肉を選ぶことで不調予防や回復にもつながる

食の知恵と東洋の知恵を掛け合わせて、もっと「食べること」が心と体を整える時間になりますように。

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