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家族のために生きることをあきらめて取り戻した、ゆるぎない愛情と自信

えり

あきらめて人生が好転した経験をインタビューしています。

「あきらめるってどういうこと?」と思われたかたは、こちらのページをお読みください。

今回「あきらめた」お話を伺ったのは、動画クリエイターの諏訪部あすか(すわべあすか)さんです。

実は諏訪部さん、ずっと地元の静岡県にお住まいで、動画とはまったく関係ない介護業界で営業をされていました。

それが昨年6月のコロナ禍中、仕事もほぼ決まっていない中で上京。

異業種から独立されて1年も経たずに活躍の場を広げ、今年の4月からは大手専門学校 動画制作コースのアシスタントとしても勤務しています。

ずっと一緒に住んでいたご家族とは物理的には離れたものの、以前よりも関係が良好になり、妹さんとは毎日LINEでやりとりされているそうです。

そんな諏訪部さんですが、過去に何度も上京を考えたことがあったものの、「家族は私がお世話していかなきゃ」という重荷から断念してきました。
悪い意味で人生を諦めていて、「認知症と精神病の家族がいる私は幸せになれない」とずっと思ってきたそうです。

そんな中、悲観的になることをあきらめ、家族のために生きることをあきらめ、周りの目を気にすることをあきらめて、家族をとことん大切にしながら人生を謳歌されています。

キラキラとした笑顔が素敵な諏訪部さんのあきらめたエピソード、ぜひお読みください。

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動画クリエイター 諏訪部あすかプロフィール

動画クリエイター/専門学校 教育助手 諏訪部あすか

静岡県富士宮市出身。
幼少期に母親が他界し、祖父母に育てられる。

地元で育ち、地元に就職。
何度か上京を考えるものの、「育ててくれた祖父母に恩返ししなければいけない。自分は、家族のことを見なければいけない」という理由で断念し続ける。

家族と向き合う中で「自分の人生を生きること」に許可を出し、家族からの後押しもあり2020年6月に上京。
動画クリエイターとして独立し、ドキュメンタリー動画をメインに制作している。
個人や法人の「らしさ」や「想い」を引き出す、心温まる動画制作が得意。

地元にいる妹とは、LINEで毎日やりとりをする大の仲良し。

ずっと背負っていた重荷

佐藤 どうぞよろしくお願いいたします!
あすかさんのあきらめたことってなんですか?

諏訪部 私の「あきらめた」にはね、段階があるんだ。

私、小さい時に母親を亡くしてて。妹と二人、おばあちゃんとおじいちゃんに育てられたの。
だから、小さい頃から周りの大人に「将来大きくなったら、おじいちゃんとおばあちゃんの面倒を見なきゃね」ってずっと言われ続けてきて、その言葉が大人になってからもずっと残ってた。

だいぶ前におじいちゃんが亡くなって、「おばあちゃんの介護を私がやらなきゃって」思いがますます強くなって。
3、4年ぐらい前、おばあちゃんに認知症の症状が出始めたタイミングで、妹も精神病になったんだよね。

父親は再婚して、新しい奥さんとその家族がいるけど「私たちにはノータッチだ」って、当時は思ってた。
だから「私が一人で精神病と認知症を見ていかなきゃ」みたいな、そういう重荷をずっと背負ってて…。
悪い意味で自分の人生を諦めてて、「こんな環境にいる私は幸せになれない」とか、「 この二人がいるから私は結婚できない」とか、「3人で死のうか」と思う時があったぐらいきつかった。

当時を振り返る諏訪部さん

あきらめたら、「悲観的」に思っていたことが「感謝」に変わった!

諏訪部 でも、そこから研修を受けるとかして、心理学も学んで…。
学んでいく中で、「周りの環境が悪いわけではなくて、自分の取り方が悪い捉え方が悪いんだ」って思えるようになって。
まずは自分を大切にするようになったり、ちょっと疎遠になってた父親とか母親にも歩み寄ったり。妹は精神的な病気だから薬への依存も強いんだけど、「薬をやめていく方向で病気を治していこう」という提案を妹にし続けるようになったり。

おばあちゃんに対しても…。当時は介護の仕事をしていたのに、やっぱり自分の家族ってなると、2、3回同じことを言われるとすぐイライラしちゃうの。
仕事の時はなにを言われても笑って過ごせていたのに、やっぱり「自分の家族って感情が入るから全然違うな」って思う。

それでも、おばあちゃんは自分の人生を犠牲にして私たちを育ててくれたから。
こうなったら、感謝を返すつもりでとことん見ようって思ったの。
そう思ったら、すっごい楽になったの!

悲観的に思ってたことや負担に思っていたことを、「感謝」という形であきらめたらすごい楽になった!

それが妹にも伝わったからか、妹は薬を辞めて病気を治すということを選択してくれて、ずっと連れて行きたかったカウンセリングにも一緒に行ってくれて。今、妹はカウンセリングを受けて少しずつ薬を減らしてだいぶ良くなってきてる。

自分の人生を生きられるようになったきっかけは、家族のために生きるのをあきらめたこと

諏訪部 おばあちゃんは、あるタイミングでグループホームに入れることになってね。叔母も協力してくれて。最初は、おばあちゃんをホームに預けることに対して、心残りに感じるところもあったけど…。

いや、そうじゃない。
私、「自分の人生をやっと生きられる時が来たんだ!」って思ったの。

佐藤 そんなことがあったんですね。最初にあきらめた時は「ご家族に」意識が向いていて、その次にあきらめた時は「自分に」意識を向けているのが、興味深いです。

諏訪部 そうなんだよね、なんか段階があって。
最初は家族に対して感謝の気持ちが芽生えたら楽になって、それから「自分の人生を生きよう」って決めたらもっと楽になった!

それまでは、家族のために「やらなきゃ」とか、周りの目を気にしたりとか、こう「あらねば」っていうのが本当に強くて…。そんなふうに考えるのをあきらめた。

あきらめることで好転しはじめた人生

諏訪部 「自分の人生を生きる」って決めたら、私、本当に弾けちゃって。笑
起業して、お仕事先もバッチリ決められたし。

佐藤 気付いたらこっち来てましたもんね。「あれ?あすかさん?」みたいな。笑

お気に入りの黄色いスカートで、海を背景に(諏訪部さんのFacebookより)

全ての行動がだんだんと正解になっていく

諏訪部 そうそう!「気づいたらもう東京で生活できちゃってる!」みたいな。

地元の友達には「そんな年齢でわざわざ東京に行くなんて」とか、「コロナの大変な時に、自分で仕事を始めるなんて」とか言われて。やっぱり心配して言ってくれたっていうのはあると思うんだけど…。

両親は、なにも言わずに「自分の人生なんだから楽しみな」って言ってくれて。

佐藤 そうなんですね。それはすごい嬉しいし、心強いですよね。

諏訪部 特にお母さんは、義理のお母さんだから本当に不仲な時期もあって…。何年も会わないとか、口聞かないとか、再婚した時は私が10代でやりあった時もあったし…。

だけど、お母さんが「あなたの人生なんだからちゃんと楽しんで」って言ってくれて。そう言ってもらえるなんて思ってなかったから…。
全ての行動がだんだんと正解になっていくような感覚があるの。

両親も妹に関しては…。病気で出てしまう妹の、親への態度の悪さみたいなのがあって、妹からはちょっと離れちゃってたんだけど。
私が「妹の病気は絶対治るから。私が治すんだ!」って決めて、全力で妹に関わったの。そしたら両親の妹への態度も変わって、少しずつ関わってくれるようになったの。
全て自分次第なんだなって思う。

佐藤 すごい!


諏訪部 だから、決断して変わっていくって本当に大事だなって思う。

「もっと早くできなかったのかな」って思ったこともあったけど。
20代の頃って、周りの目とか「家族を背負っていかなきゃ」とか、いろんなしらがみの中でもがいてた。「本当はあれがやりたいけど、これがやりたいけど」と思いながら、いろいろ我慢してた…。

佐藤 あすかさんご家族思いだからこそ、あきらめるまでにそれだけ時間が必要だったんですね。

自分で幸せにやっている姿を見せるのも恩返し

諏訪部 そばにいていい子でいることが家族に対しての恩返しだと思ってたけど、そうじゃない。
「自立して、自分で幸せにやっている姿を見せるのも恩返しなんだな」って思うと、自分はなにを間違えてたんだろうみたいな。笑

佐藤 過去の自分を振り返って、ですか?

諏訪部 うん。まあ、その時はその時で最善だったから。それがあるから今があるし。

20代後半でも「東京に行ってちょっと一旗挙げたい!」みたいな時があったけど、後ろ髪を引かれたというか。
「家族のもとにいなきゃ」とか「ちゃんとしなきゃ」とか、そういう自分の思いがあって…。
それを理由にチャレンジできない自分がいたのかもしれないし、周りの目や年齢、職業とか肩書とか、周りからどう見られるのかとか、本当に気にしてたんだと思う。

今は一切気にしないもんね。
自分の人生を生きてるから、そういうことが目に入らなくなったのかな。

佐藤 それまで気にしていたことがどうでもよくなるほど、大きなことを決められたんですね。

妹さんとはオンラインでやりとり

一緒に住んでいなかったとしてもできることはある

諏訪部 大切にしていたおばあちゃんとか家族のもとは離れたけど、コミュニケーションを取る方法はいくらでもあるし。それこそコロナだから近くにいたって会えないし。

逆にね、オンラインで会えるようになったの。おばあちゃんは、ホームの人がつないでくれて定期的にお話してて。

妹は病気を治すために食事療法をやっていて、毎食、食べたものの写メを必ず送ってもらうようにしているの。妹から「今日はこんなの作ったよー」とか、私が作ったことのないものだと「そのレシピ教えて」とか送って、コミュニケーションをとってる。
やり取りする中で「元気かな?」っていうのも分かるし、一緒に住んでいなかったとしてもできることってあると思う。なきゃないで考えていくし。

佐藤 すごい。離れてみて、新たに見えるものがあったんですね。

諏訪部 やっぱり近くにいすぎると妹がどうしてもかわいいし心配だから、口うるさいお姉ちゃんになっちゃうんだよね。そうすると妹はそれが「うざい」ってなるから。笑
妹ともほどよい距離が取れたからか、全部がなんかうまく回り始めた。

あきらめたことで気がついた家族の愛

佐藤 そうですね!4月からは、専門学校でもお仕事をされるんですよね!

諏訪部 アシスタントみたいな感じで入らせてもらうんだけどね。
面談時に「自己紹介してください」って言われて。私もこんな感じのノリで自己紹介して、「営業をやっていたし、過去には介護現場にいたこともあって、とにかく人が好きなんです」って話をしたらそこがヒットしたみたい!
面談の担当者さんも、以前に派遣会社で営業をされていて私と同じ境遇で、「そういう人を求めてました!」みたいな感じになって。「もっと早かったら本採用したかった」と、嬉しいお言葉もいただけて。「生徒さんのケアとかちゃんとしてもらえそう」って、嬉しい期待もかけてもらって…。

佐藤 正に「探してる人がいた!」みたいな感じですね!

諏訪部 本当にラッキーだと思う。

諏訪部 私って、確かにずっと悲観的だったかもしれないけど、そうじゃないって気づいたの。

産みのお母さんがいなかったとしてもそんな苦労がないように、おじいちゃんおばあちゃんとか周りの人達が本当に大切に、愛情かけて育ててくれたことに気づいて。「私はなんの不自由もなく幸せにしてきたじゃないか!」って思う。
仕事でも人に恵まれてて。家族にも恵まれてたし、本当にいろんな人に恵まれて、どこに行っても重宝がってもらえた。特になにか技術があるわけじゃないけど。

佐藤 「どこに行っても重宝がってもらえる」は、あすかさんの強みですね!

諏訪部 このノリと言うか、このキャラが…愛嬌のあるこの丸い鼻と。

佐藤 ええ!?笑

諏訪部 よくおばあちゃんに言われたの。
「あんたはこの丸い顔と丸い鼻が、愛嬌があっていいんだよ」っていうのを言われてきて。

性格も、すごい愛嬌があって好奇心も旺盛だし、なんか物怖じせずにどんどん入っていくところとか、それか割と強みだなと思っていて。

営業をやっていると、素っ気ない人っているでしょ。でも、そういう人って「私のことを嫌ってるんじゃなくて、ただ恥ずかしがってるだけだから、全然大丈夫!」みたいな。笑
そういう姿勢で人に接していったら、「みんななにかしら抱えてるし、大変なことだってあるし、わかってもらえない部分もあるし、みんなあるんだから大丈夫!」って思って、どんどん前に進めるようになって。

それが今にも繋がって。独立して、自分で仕事も取って行かなきゃなんないから、色んな所に潜り込んで行って。笑
どんどんチャレンジしていけるようになった。

佐藤 本当に、キャリアチェンジされましたもんね。介護関係の営業職から、わずか1年で動画クリエイターとしてお仕事されてますもんね!

動画制作の原点は「両親の笑顔」が見たいから

諏訪部 実は、もともと動画制作は趣味でやっていたの。両親の笑顔を見たくて。

私の父は静岡県で市議会議員をやってるんだけど、選挙中の、広報活動なんかをする一週間って本当に大変。その前からの活動もあるんだけど、選挙事務所を立ち上げる前からいろんな人が無償で動いてくれていて。

特に私の父親は、もともとサラリーマンだったところから推薦を受けてそういう仕事に入って、地域の人たちにたくさん助けられていて。
私はそういう人達や父親や母親のがんばっている姿を、一週間だけでも動画や写真に収めて、最終の当選日に一つの作品としてみんなに見てもらっていたの。
労をねぎらうじゃないけど、手伝ってくれた人たちに感謝を返せるようなものを作りたいなと思って。
それが、動画を作り始めたきっかけなの。

佐藤 そうだったんですね。初めて知りました。

諏訪部 私が作った動画を見て、選挙に協力してくれた人や父親の友達、なによりも父親がすごい喜んでくれて!

佐藤 それはお父さま嬉しいですよ!

私は父親への憧れや尊敬もすごくあって…。昔から社交的で、人前に出て行くのが好きな人だし、お友達も多いし、いつも笑顔でみんなに囲まれている人。
私はその血を受け継いでるのかなって思っているんだけど。
そんな父に喜んでもらえたのがすごい嬉しい!

佐藤 それがあすかさんの原点だったんですね。

あきらめて人生が良くなった経験を、世界中人に広めたい

佐藤 4月から専門学校のアシスタントとしてもお仕事を始められて、いろいろ状況も変わっていくと思いますが、今後こうしていきたいなどの展望はあるのでしょうか?

諏訪部 今の「アスカフィルムズ」っていう会社は、まだ私一人だけど。動画を通して、この世の中を明るく元気にしていきたい。この思いに賛同してくれるクリエイターさんが集まってきて、仕事もどんどん集まってくるようにしたい。
私が人が好きだから、「この人がどんな思いでいるんだろう」っていうのを引き出しながら、ドキュメンタリーなんかも作りたい。

さとえりちゃんはブログっていう形で発信しているけど、私も動画っていう形で発信していけたらなと思う。
あとは、妹の雇用も作りたい。もしかしたら、妹のように病気で悩んでる同年代の女性を助けられるかもしれないし、そういう場を作っていきたいな。
あとは、自分のこうやっていろいろ乗り越えてきた人生を日本や世界中でスピーチして、いろんな人を勇気づけたいなって思ってる。

さとえりちゃんのブログのテーマじゃないけど。 良い意味でいろんなことをあきらめて人生が良くなったから、「あきらめていいんだよ」っていうのを広めたいなーなんて、改めて思ったの。

佐藤 なんと!それは素敵!ありがとうございました!

あきらめたことで取り戻した、家族への愛情と自分に対する自信

悲観的になるのをあきらめ、家族のために生きることをあきらめ、周りの目を気にすることをあきらめ、自分が望む方向へ舵を切った諏訪部さん。
「自分の人生を生きていいんだ」と決めるまで何度も葛藤する過程で、もともと諏訪部さんが持ち合わせていたご家族への愛情と、自分に対する自信を思い出されたのかもしれません。

ご家族のことで一喜一憂し、ご家族の笑顔の笑顔が嬉しくて動画制作を始め、「妹のような人を助けられる場を作りたい」とお話しされる諏訪部さんの表情からは、何者にも動じない強さと明るさを感じました。

「家族や周りが大切だから、自分の好きなことは我慢している」
「家族のお世話をしている自分は、幸せになんてなれない」
「家族には良くしてもらってきたから、恩返しをしなければならない」

そんな思いを持っているからこそ、自分とご家族の両方を大切にしながら生きる方法を見つけられるのかもしれません。

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